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渓を想う 1 2
砂防堰堤に飲み込まれる流れ
こんな藪にも岩魚はいる。
フライ、てんからはおろかエサ釣りもままならないほどの藪の流れ。
こんな流れは、秋になると岩魚たちの格好の産卵場所となる。
谷の魚には、こんな流れ、こんな沢がとても大切なのだ。
しかしこんな沢の大切さは岩魚釣りをするひとのごくごく一部の人しか解かっていない。
同じ釣り人でもただ魚が釣れればいいだけの釣り人には関係の無いことだ。
世の中、よほど岩魚釣りが好きで、いろんな体験をしてきたベテラン釣り師で、岩魚をこれからもずっと釣っていきたいと思っている人の中でも、ごく一部の人しか知らないことなのだから、こんな小さな流れが、魚にとってどれほど大切かなんていうことは防災事業においては全く無視されてしまうのであった。
この流れはじきに砂防堰堤に飲み込まれてしまうのであった。
今日においては、その川を管轄する漁協の組合員すら、小さな沢にも、ものすごく魚の自然繁殖に役立っている沢が本谷にそそいでいること、そんな沢があること、そんなことも知らない組合員ばかりで砂防堰堤建設の計画の段階で、異議を申し入れできる者がいなくなっているんじゃないか。
まぁ、解かっていても、事業が来て、地域に何かしら経済の動きを期待すれば、言うなり、なすがままになっていることが地域の人にとっては背に腹は変えられないといったことなのかも知れないが、いずれにしても地域の人は自分たちの財産である地域の自然の大切さを“うわべ”だけでなく、真剣に様々な事があるごとにアピールしていかないといけないんじゃないか。
『自然を大切にしましょう。』なんて誰だって口から出せるのだ。
「あそこは、こうだから、これぐらい大切で、あそこをこうすると、こうなってしまうから、もう少し別の方面からも事業を考えて、こうして欲しい。」
といった具合に地域の人が言えないと、いつのまにか自然の核が壊れている事も知らずにいることになって、こんなはずではなかった。事業した業者と行政が悪いんだ。と他人のせいにして戻らなくなった郷土の自然を嘆くしかなくなってしまうのだ。
「自分たちは、実は何も知らなかった。そんなこととは知らず何も言えなかった。」
それが最も大きな原因となることを地域の人たちは地域の自然の資源を守るために認識すべきだ。
